予期せぬ発見

もう20 年以上も前になりますが, 「深田研究助成金」というのをもらい,それに関連して 2014年の夏に書いた一文を見つけたので載せておきます.

最近の院生の文献収集のやり方を見ていても, 必要なものをダウンロードするだけなので,予期せぬ文献を見つけることなどまずないだろうなあと思う,それと同じ類の話です.無用の用のことですね.暇な時は図書館にいって雑誌でも本でもパラパラ読みをしては如何.予期せぬ発見があるかもしれません.

 

予期せぬ発見

前田仁一郎 (北海道大学)

私は「北海道日高山脈に露出する大陸地殻の形成プロセスの解明」という研究課題に対して 平成 8 年度「深田研究助成金」を頂きました. 心から感謝申し上げます.

学生の頃から「深田研究助成金」を頂いた頃まで, 人よりもヒグマのほうが確実に多いだろう日高山脈北部の広大な地域で,時にはザイルを背負って沢をつめては国境稜線に立ち, さらには隣の沢を降りてくるというような古典的なフィールドワークを行っていました. 学生時代をたっぷりと山岳部員として過ごしていたので, そんなに大変ではありませんでしたが, 沢山のガブロの試料を背負って滝を降りるのに苦労したことは何度もありました. さて, そんな学生時代, 先生たちは「先入観無しに山を歩け」と教えました. しかし 級友はチャート層が隣の沢につながるはずであるという当時の先入観に基づいて地質図を書きました. 今から思えばメランジェの中のブロックであり, 苦労してつなげることもなかったのです. 自然科学, 特に地質学においては「先入観無しの客観的な観察」などあり得ないということ, 観察の理論負荷性とか理論依存性と呼ばれることを私が強く意識するのは卒業後だいぶたってからのことです.

当時の先生たちは「この地域は良く判らんからちょっとやってみろ」というような感じで 数 km (時には 10 数 km 以上) 四方の調査地域を学生に与えていたこともありました. しかし, その後になってこういうやり方はまったくダメだということになりました. 先行研究の結果からきちんと限定された面白いテーマを与えなければいけないということになったのです. それまでに書かれた地質図や柱状図や論文の中の「面白いピンポイント」を効率的に狙うという賢いやりかたが主流となり, 広大な地域を「先入観」無しに, 「限定されたテーマ」無しに歩き回るということは無くなりました.

このこと自体は大変合理的であるように思われます. しかし私には 1 つ気になることがあります. それは, 先行研究の結果から導かれた「面白いピンポイント」だけを狙っている限り, 面白そうでない所で「予期せぬ発見」に遭遇する機会を失うことになるかもしれないということです. 駆け出しの頃に広大な地域を歩いたおかげで私は奇妙なものをいくつも見つけることになり, それらの内のいくつかは日高火成活動の研究にとって決定的に重要な試料になりましたし, 後に院生・学生の研究対象にもなりました. 先入観無しでも先入観ありでも何でも構いませんが, 広大な地域を歩きまわり, そしていろんなものを見ることもまた有意義なのではないかと思います. 予期せぬ発見に結びつきそうな非効率的なスタイルの研究をも「深田研究助成」がサポートしてくださることを切望するものです.